川口知哉投手が消えた理由はなぜ?現在はコーチで嫁と子供はいるのか?

こんにちは!YOUです!

どんなに才能や能力があって成功していたとしてもその成功が続くわけではないのが世の中ですよね。

今回取り上げる川口知哉という元野球選手は甲子園で大変注目をされ、ドラフトでも複数の球団から1位指名を受けるほどでした。

しかし、突如として期待の新人は姿を消してしまいました。

今回はなぜ川口知哉選手は姿を消したのか?そして、現在は何をしているのかについてまとめていきたいと思います。

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川口知哉は高校時代天才投手だった!?

川口知哉選手は高校時代に平安高等学校(現在の龍谷大平安高等学校)で大活躍をした選手でした。

高校1年生からエースになり、高校3年生の時にはキャプテンでありながら4番でエースでもありました。

1997年の甲子園は春と夏で連続で出場し、夏には準優勝をしています。

川口知哉選手の左手から繰り出されるカーブボールは「消える魔球」と呼ばれ、次々と三振を奪っていきました。

その姿から「西のドクターK」と呼ばれ、井川慶選手(元メジャーリーガー)と能見篤史選手(阪神タイガース)共に「高校生左腕三羽ガラス」と呼ばれ、日本中から注目を集めていたようです。

その注目は日本の球団だけではなくメジャーの球団もしており、シアトル・マリナーズからは契約金300万ドル(当時の約4億円)も提示されていました。

しかし、高校時代の川口知哉選手はオリックス入団しか考えておらず、結果的にドラフト会議の抽選でオリックスに入団し、間違いなく活躍すると予想されましたが、まさかのプロでは1勝もすることができずに川口知哉選手は引退。

当時の川口知哉選手に何が起きていたのでしょうか?

川口知哉が消えた理由はなぜ?

川口知哉選手がプロで活躍することができなかった大きな理由の1つが川口知哉選手の感覚とコーチの指導のズレです。

プロでは最終的に10人近くのコーチから指導を受けた川口知哉選手ですが、コーチ全員が違うことを指導してきたそうで、川口知哉選手の投球フォームはプロ入りから徐々に崩れていきました。

コーチから指導されることは間違っていないと考えつつも違和感を感じていたようで、故障に悩み続けます。

平安高校時代の投球フォームを取り戻そうと川口知哉選手は必死に練習しますが、乱れた投球フォームは戻ることはなく戦力外通告を受け、トライアウト挑戦も採用されずに2004年にプロの世界から姿を消しました。

では、そんな川口知哉選手は現在何をしているのでしょうか?

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川口知哉の現在は?

川口知哉選手は結婚をし、現在は子供が2人いるそうです。

職業は2004年の引退後に建設業を営む実家で働くなどを経て、2010年からは日本女子プロ野球のチームの投球コーチやリーグのヘッドコーチ、監督などを務めてきました。

そして、2018年からは女子プロ野球の京都フローラというチームの監督を務めています。

こちらが現在川口知哉選手です↓

2018年10月時点で川口知哉選手は39歳です。試合後のインタビューを受ける姿からは高校生時代の面影はあまりなく、1人の立派な監督にしか見えません↓

野球をやめた今でも野球に関わる職業に就いていて、しかも自分の引退の原因にもなったコーチも務めていました。

自分が苦しんだからこそ、その苦しみを次の世代の野球選手のために活かしているのですね!

まとめ

ここまで川口知哉選手の現在をまとめてきましたが、今でも野球に関わる職業に就いているということで野球への情熱は未だにあるみたいです。

選手から監督へと大きな変化を遂げた川口知哉監督が再び注目を浴びる日は近いのかもしれません。

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